この旅の目的は、紛れもなくラウーフを見ることだ。しかし、最初に話したように、目的はもう一つある。
それはギリシャのバスケットを確かめること。その原点は、2006年の世界選手権でギリシャ代表の試合を観たときの衝撃にある。
ギリシャ代表が起こした奇跡
初めてギリシャ代表をテレビで見たのは、2005年ユーロバスケットの決勝戦だった。NBA選手が1人(しかもスターではない)しかいない彼らが、スペイン、ドイツ、フランスといった強豪を次々と撃破した姿に、釘付けになった。
日本で開催された2006年の世界選手権(今でいうワールドカップ)で、彼らは前年のユーロバスケット優勝に続き、準決勝でアメリカを破るという奇跡を成し遂げた。決勝でスペインに敗れ銀メダルに終わったものの、彼らの勝利(というよりアメリカの敗北)は、ビッグニュースとして世界中を駆け巡った。
しかも、アメリカは間違いなく本気だった。
2004年のアテネ五輪で惨敗し、プライドを失いつつあったチームに、全米No1の名将と言われていたコーチKを招聘した。そして、レブロンやカーメロ、ウェイドといった若手スターだけでなく、ディフェンシブなロールプレイヤーまでバランス良く配置した精鋭チームだった。そのチームを相手に、ギリシャはなんと101点を奪って勝利した。
僕は、埼玉スーパーアリーナで試合を見ていた。開始前からなぜか緊張していた。
おそらく、彼らが「何かやってくれる」と信じていたからだ。
会場にいた2万人以上のファンの多くがアメリカを応援していたが、僕はその中でおそらく唯一「ギリシャが勝つかもしれない」と思っていた日本人だっただろう。
彼らのバスケが普通じゃないことを、僕は理解していた。
ベストプレイヤーがベンチにいるという衝撃
ギリシャのバスケの面白さを少し説明したい。
まず一つ目は、チームのベスト選手たちがスタメンではないことだ。ユーロリーグMVPを獲得したばかりの長身PGのパパルーカスも、試合が5、6分と過ぎてから登場する。この200cmの大型PGはパスの天才だ。アメリカ戦では12アシスト。そしてディフェンスでは1-3番選手まで守ることができる。実際、埼玉でアメリカと試合した準決勝ではカーメロ・アンソニーに対して見事なディフェンスをしつつ、フルコートでPGを守れるほどの機動力を持っている。

また、このアメリカ戦で22点をあげたスパヌリスは193cmの若いスコアリング型PGだ。爆発力ではチームで間違いなく1番で、アメリカ戦でも22点をスコアしている。後にギリシャだけでなくユーロリーグの伝説となるスパヌリスは、現在のギリシャ代表HCも務める。彼も試合を決定付ける4Qのラインナップの1人でありながら、ベンチから登場する。

アメリカを倒したあの試合を振り返った時、1番目立っていたのは“ベビーシャック”ことスコーツァニティスだろう。206cmながら140kgを超える巨漢は、見た目からは想像できない機敏さを兼ね備えている。アメリカはスコーツァニティスのスクリーンのパワー、幅、スピード全てに苦戦し、あの若かりしドワイト・ハワードでさえ、スコーツァニティスに歯が立たなかった。そのベビーシャックも、なんとベンチから出場する選手だったのだ。

ジノビリがスパーズで6thマンとしてプレイすることを誇りにしていたように、彼らも「試合の終盤にコートにいる」ことを誇りとしていた。
3人のPG”未来のラインナップ”
2つ目の特徴は、ギリシャ代表の終盤のラインナップは3人のポイントガード(PG)がコートに同時にいることだった。
・パパルーカス(200cm)
・スパヌリス(193cm)
・ディアマンティディス(196cm、左利き)
先に話したパパルーカス(200cm)、スパヌリス(193cm)に加え、チームで最もプレイタイムが長い196cmのレフティ、ディアマンティディスが同時にコートに立つ。
つまり、PGが3人コートにいることを目的としているわけではなく、ピック&ロールの“ボールハンドラー”を3人同時にコートに置くことを目的とする、まさに未来型のラインナップだったのだ。
この3人全員は、それぞれユーロリーグMVPを獲得し、優勝も経験している。
驚くべきは、彼らが全員“ハンドラー”であるだけでなく、オフボールでの3Pシュートにも優れた“3&D”としても機能していたことだ。

さらに、ストレッチできる4番(フォトシスやツァルツァリス)とリムを制圧する5番(スコーツァニティス)を組み合わせ、現代バスケの先駆けのようなラインナップを構築するギリシャは、まさに未来からやってきたようなチームだったのだ。
ピック&ロールで全てを破壊する
4アウトで、いわゆるスプレッドピック&ロールを繰り返すシンプルなスタイルが彼らのバスケのスタイルだ。
しかし、そのシンプルさこそが武器だった。
アメリカは何度も守り方を変えた。
アンダー、ショー、スイッチ、コンテイン…
しかしそのすべてに、ギリシャは解を持っていた。
ショーディフェンスをすれば巨漢のスコーツァニティスにスリップされインサイドに矢のようなパスが飛ぶ。アンダーしてもリピックする巨大な身体を避けることができない。オーバーヘルプをすれば、3&Dとストレッチ4が3pを沈める。
ズレができるのを嫌がったアメリカは、最終的にスイッチせざるを得なかった。しかし、1on1が得意なスパヌリスや、スコーツァニティスのインサイドでのミスマッチがアメリカを苦しめ続けた。
ギリシャの最終スコアは101点。NBAではない。FIBAの40分の試合だ。
今では当たり前になったPNRを主体としたギリシャオフェンスは、あのアメリカのスーパースターたちにとっても見たことがない、未知のバスケットだったのだ。
10年後に見えてきた「本当のすごさ」
歓喜に沸くギリシャの選手たちの輪を見つめるカーメロの姿は忘れることができない。僕は歴史の目撃者になったことに興奮していた。

しかしながら、2006年当時の僕がここまで詳細に、ギリシャ代表のバスケ理解できていたわけではない。僕はトップレベルのバスケを経験したこともない、ただの中学生のボランティアコーチだったのだ。
ギリシャ代表が“すごい”ってことは誰にだって分かる。それはアメリカに勝ったのだから。僕も漠然と“すごい”と感じただけの、大衆の中の1人であった。
彼らの“何が”すごいかを理解できるようになったのは、それから10年以上が経った2017-18シーズンだった。僕はアルバルク東京で、ルカ・パビチェビッチHCのアシスタントコーチとして、ピック&ロールシステムを徹底的に叩き込まれたのだった。
Bリーグ優勝という結果も大きかったけれど、何より大きかったのは“バスケを観る力”が身についたこと。その視点で改めて2006年のギリシャの試合を見直すと、まったく違う世界が見えた。
昔と同じ映像なのに、まるで違う試合に見える。それが「見る力」が上がるということなんだと気付き、もっとバスケを見るのが楽しくなった。それ以来、僕は過去の試合をできるだけ繰り返し見るようにしている。
明日はいよいよ、あのギリシャ代表の血を受け継ぐクラブ、パナシナイコスの試合を観に行く。
あのときの続きを、自分の目で確かめに行く。


