あと数時間で今年が終わります。
今年は2024パリ五輪のテクニカルレポートを作るという大きな仕事から始まり、一気通貫コーチとして各カテゴリーの合宿に参加したり、夏はアジアカップでサウジアラビアへ行ったり、11月は絶対に負けられないワールドカップ予選で台湾にも行きました。本当に色々なことがありました。もちろん全てが上手くいったわけではありませんが、全力でやり切ることはできました。
人生で1番のチャレンジ
今年は人生のどこかでやらなければいけないことに、ついにチャレンジしました。
小学6年生の時にテレビの中で出会った僕の人生最大のアイドル、NBAレジェンドのマックムード・アブドゥル=ラウーフを日本に呼んでクリニックすることです。
僕は21歳の時に、夢リスト100というのを書いてみたことがあります。どこかの自己啓発本に書いてあったのをやってみただけで、もうどこに行ったかも分からないいい加減なリストですが、その1つ目に書いたのは「ラウーフに会う」でした。
その夢は、26歳の時にギリシャまで行って実現しました。
その時から、いつか「日本に呼んでクリニックをやりたい」が、次の夢に変わりました。
余裕がある時、、、じゃない。今でしょ?
9月12日にトークイベント(渋谷)
9月13,14,15日にバスケットボールクリニック(巣鴨高校, 開成高校)
おかげさまで、ついに実現にさせることができました!
スマホの記録を遡ってみると、最初にラウーフ本人にコンタクトして、その可能性があるかどうかを聞いてみたのが、2024年の10月でした。幸運にもすぐにポジティブな返事が来ました。この時点では、カジュアルに聞いただけの僕が本当に動き出すとは、ラウーフ本人も想像してなかったでしょう。
正直、イベントをやった経験もなく、どれくらいのお金を集めなければいけないか想像もできず、かなり不安がでした。また、2025年はテクニカルレポートという大仕事があり、夏の活動が控えていることも分かっていて、スケジュール的なプレッシャーも大きかったのです。
「いつか余裕のある夏に、、、」
と思って、今までチャレンジしてこなかったのも事実です。
ただ、
「いつかなんて来やしないでしょ。忙しい今こそやるしかない。」
と、なにがきっかけか覚えてないですが、覚悟を決めました。
近道などない。
そこから1つ1つ行動に移して行きました。
何からやっていけば良いかも分からなかったので、NBAのフィル・ハンディを日本に呼んだ経験を持っていて、高校の先輩でもあるFulfilex代表の萩原さんに相談をして、主催を引き受けていただくことになりました。
まずは9月を正式な日程と決め、ラウーフのエージェントとミーティング、ラウーフのスケジュールを抑え、ラウーフへの謝礼金の交渉、ビジネスクラス往復とホテルの予約、クリニック会場の確保、スポンサー探し、クラファンの準備、やらなければならないことは山ほどありました。
主催してくれた萩原さんに赤字の責任を負わせることはできないと思っていたので、(もちろん最後に出た赤字は自分で被るつもりでいましたが)「とにかく経費を抑える」ことだけを考えて行動しました。それは、売上が全く予想できなかったからです。
日本で1番ラウーフのことを知っている僕は、
”知ってもらうことさえできれば、絶対にみんなが大好きになる”
と確信していましたが、そもそもクリニックのターゲットの子供たちは、誰もラウーフのことを知らないことが1番の難しさでした。
僕がやったことは、とにかく色々な人に会って、「ラウーフをついに呼びます」と言いまくったことです。
本当にありがたいことに、サポートしてくれる人が雪だるま式に増えて行きました。
今回イベントをサポートしてくれた人たちは、みんなその道のプロの方々です。印刷物も、そのデザインも、HP作成や映像撮影、経理とコンサルタント、イベントの司会と運営、クリニックを手伝ってくれたコーチたちもです。
「プロとしての報酬は支払えないかもしれないけど、、、」とお伝えはしていたのですが、全ての方が「ラウーフに会えたら十分!」「面白そうだから!」という理由だけで、とんでもない時間を投資してくれました。
スポンサーも当初の想定以上に集まりました。スポンサーの中には高校時代からの知人もいましたが、実はその半分以上はこのイベントを「やる」と決めてから知り合った方たちだったりします。自分はつくづく”持ってる”人間だなと思う反面、”決めた”ら助けてくれる人と出会うようにできているのかもしれないなと、人生の教訓にもなりました。
2025年ありがとうございました!
本当にやって良かった。
陳腐な表現ですけど、これ以外の言葉は見つかりません。
参加してくれた全ての方が本当に喜んでくれたこと、みんながラウーフを好きになってくれたこと、これだけで十分に価値がありました。
トークショーは圧巻でした。いい大人たちがまるで子供に返ったように、ラウーフの話に聞き入っていました。

クリニックも全コマ満員御礼。全員がラウーフのロゴ入りのTシャツを着てプレイしている光景は、なんだか不思議な気分でした。

僕自身にとっては、ラウーフと行動を共にする1週間は、毎秒毎秒がエキサイティングでした。

とにかくみんさんに喜んでもらおうと、できるだけ裏方に回って多くの人がラウーフと触れ合えるように行動しましたが、帰国の日の朝のカフェで、ようやく2人きりになる機会があり、30分ほど2人で話ができました。
人生における色々なアドバイスをくれた貴重な時間でした。途中からスマホでさりげなく録音しました。どんなことを言ってくれたかは内緒です。
ここで1人1人の名前を挙げることはあえて避けますが、イベントに関わってくれた全ての方に感謝です。ありがとうございました。
しかしながら、今回1番全力で走り抜けてくれたのはラウーフ本人でした。毎日毎日、本当にびっしり予定を組んでいましたが、その全ての時間を全力で、1人1人と最高のエネルギーで向き合ってくれました。


ありがとう、ラウーフ。
みなさんが2025年の最後に少しだけ、伝説のイベントを思い出してくれたら嬉しいです。
“忙しいからこそ、やる。”
2026年も素晴らしい1年になりますように。



