“プリンストンオフェンス”(以下、PO)と聞いてみなさん何を思い浮かべるでしょう?
“バックカット”?
今はGoogleもYoutubeもあって、検索すれば何でも手に入ります。素晴らしいことです。今はBリーグの戦術戦略も大きく進化し、コーチのレベルもどんどん上がっています。(オリジナルに近い)POをメインオフェンスにしているチームは今はほとんどないと思いますが、Bリーグにもたったの4、5年前にはそんなチームもあったと記憶しています。
プリンストンオフェンスほど有名なモーションオフェンスは他に多くないので、トップリーグや大学レベルのコーチであれば誰でも知っているくらい有名なオフェンスと言って良いでしょうね。ピアノやってる人であれば誰でも弾ける曲ってありますよね。もはやそんな感じかと思いますが、ここまでこのオフェンスが有名になったのは、日本で最初に”プリンストンスタイルオフェンス“の書籍化に尽力した塚本鋼平コーチの功績も大きいと思います(もちろん僕も持ってます)
ちょっと昔の話を。
僕は20代のころ、地域にミニバスがないエリアの公立中学校で外部コーチを数年間していました。ミニバスが盛んで上手い子のいるチームとの差を埋めるために、POを取り入れようと新しいチャレンジを行ったことがあります。
まず、その時の僕は、プリンストンという言う名前以外は何も知らなかったと言っていいほど、POに関しては”ど素人“でした。もともとPOを知った理由は、ジョージタウン大学が2007年にファイナル4に行った時、彼らがメインオフェンスとしてプをしていたことがきっかけです。
しかしながら、インターネットで「プリンストンオフェンス(日本語)」と検索しても、ほぼ何も出てこないような時代でした。検索すると、当時やってた僕自身のブログが3番目くらいに出てきてしまうくらいのレベルで情報がありませんでした。
ちなみに1番上に出てきたのが、現在秋田ノーザンハピネッツでコーチを務める福田将吾コーチのブログ。とりあえず他にやれることもないし、僕は早速ブログから彼にコンタクトしてみるわけです。
当時、彼は地元の佐賀県に住んでいたのですが、たまたま東京にいらっしゃるタイミングがあり、なんと新宿で会ってくれることになったのです。年齢的には僕の3つも年下だった福田コーチですが、彼はアメリカにPOを学ぶために留学していたこともあり、当時彼が持っていたあらゆる知識を僕に惜しみなく分けてくれました。そして、
1枚のDVDをプレゼントしてくれました。
それは1997-98シーズンのプリンストン大vsウェイクフォレスト大の試合でした。
初めて見た時はまさに衝撃としか言いようがなく、、、。1試合に10回くらいバックカットが決まったんじゃないでしょうかね。タレント的には圧倒的に格上のウェイクフォレストをやっつけるのでした。その日から、何度も何度もそのDVDを見ては、プレイを1つ1つ紙に書き出す作業を始め、プレイを頭の中に入れていきました。当時は当然、今ほどバスケを見る力もなかったわけなので、法則性などを見つけるのはかなり難しかったです。しかし、それを中学校の指導現場で少しづつ選手に落とし込んで、実際にやってみて、上手くいかなくては改善するの連続でした。
結論から言うとあまり上手くいきませんでした。
上手くいかなかった理由はここでは多くは語りませんが、簡単に言うと、選手の良さを消してしまったのです。
今では少しは理解できるのですが、ビデオで研究していたその時のプリンストン大には3、4年生が多く、非常に熟練したチームだったわけです。(ちなみにその時のエースのミッチ・ヘンダーソンが今のP大のHC)
それを素人からバスケをスタートする中学生女子にプレイさせるなんて、、、いや、もう反省を超えて恥ずかしい。しかし、何の知識も経験もないけど、ただ僕はPOを信じて一生懸命でした。なんとか勝たせたかった。今となってはとても恥ずかしいけど、後悔は別にしていません。ただ、選手に申し訳ないことをしたという思いは消えません。
ちなみにその後、福田コーチは鹿屋体育大のHCとなり、PO見事に操り、インカレ、そして天皇杯で多くのアップセットを巻き起こし、日本バスケ界に旋風を巻き起こすのでした。あの時の鹿屋の活躍には本当に胸が躍りました。あの時いろいろなことを教えてくれ、たくさんの刺激をくれた福田コーチには感謝しかありません。
ちなみにPOを考案したピート・キャリルさんも、昨年2022年にお亡くなりになりましたが、POはいろんな姿に形を変え、そのエッセンスはNBAからユーロリーグまで世界中のバスケットコートで今も生き続けています。
最初の質問に戻りましょう。
プリンストンオフェンスといえば?
”バックカット”?
否。
それはまた次回に、、、。



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