バスケ部をやめた
それは高校1年生の12月のことだった。NBAをきっかけにバスケットが大好きになり、ずっとモルモン教会で1人で練習して、そし朝が苦手で朝練にはほぼ参加しない部活生活とやりたい放題だった僕は、高校の部活という規律ある組織でバスケットをすることにアジャストできずにいた。
部活はスキルの練習よりも、走ること、フットワークなどの身体作りの時間がとにかく長かった。(勝つためには当たり前の話)中学3年間でまともに身体作りができていなかった僕は、慢性的な怪我と疲労で、夏くらいからずっと痛みを抱えながら練習をしていたのだ。ちょっと怪我で休むと、回復して戻った時にはキレのあるプレイができたけど、信頼を勝ち取って試合に出るまではまた時間がかかる。ちょっと頑張るとまた痛みが出て練習を休まないといけなくなる。あんまり覚えてないけど、それの繰り返しだった。
そして、それでも家に帰って夜遅くまでNBAは見るし、寝不足で学校へ行って、部活では走らなければならない。それの繰り返しに身体はボロボロになっていった。自宅から1時間半という登下校の時間も、今思えばキツかった原因の1つだ。
このままでは好きなはずのバスケを嫌いになってしまうんじゃないかと思って、思い切って部活を辞めることにした。部活で仲良くなった友人のGがちょっと先に辞めていたことも、大きな後押しになった。
結果論ではあるけど、日の目の当たるところで公式戦をしたのは16歳の10月が最後ということになってしまったわけだ。(もちろん、草バスケはそこら中で続けたけど、今日はその話はしない)僕の中で辞めた理由はいたって明確で、部活をやめただけで、
「バスケをやめた」わけではない
ということ。部活を辞めてから、疲労というものがほとんどなかったわけで、怪我もしないし、プレイする時間、練習する時間は部活にいる時よりも増えたのではないかと思う。
ただ、地元の友達には「冨山がバスケ辞めたらしい」に変換されて伝わっていくわけで、それはちょっとだけ傷ついた。なので、いろんな人に会うたびに、「バスケはやめてません」、むしろ「バスケをもっとやりたいから部活をやめたんです」といろんな人に伝えた。自分に言い聞かせる目的もあったかもしれない。
部活を辞めて得た時間は、本当に貴重なものだった。友達のGと一緒にどこにでもバスケしに行ったし、NBAも山ほど見たし、深夜番組、音楽にハマったり、「今日は何をしようかな?」そんな生活だった。たくさんバイトもして、いろんな人に出会ったのもこの時期だ。この頃の高校生の時の日常が、良くも悪くも今の僕を作りあげている。
この話は別に、好きなことが嫌いになりそうだったら、“早く辞めた方がいいよ”とか、そんな単純なことを言いたいわけじゃない。
僕だって「部活を辞めてなかったらどんな人生になっていたかな?」と想像しないわけじゃない。さすがに最近は考えることはほぼなくなったけど、高校生や大学生くらいの時は、少しくらいは悩んだ時期もある。でも、それは後悔しているとかではなくて、辞める選択をした僕は僕なりに、自分の人生を不安はありつつも楽しんでいて、「そっちを選んでたらどうなってたかなぁ」とかその程度の話。
人生にはいろんな選択があって、重要な決断も結構あっさり目の前にやってくる。カードゲームなら、自分が選ばなかった方のカードをゲーム終了後にチラ見することもできるけど、選ばなかったカードがいったい何だったのかが見えないところが、人生が少しモヤモヤするところ。結局のところ、選んだ目の前の人生に責任を持つしかない。
もっと言うと、
自分が選んだことを楽しむしかない
「バスケをもっともっとしたいから、NBAの試合をもっともっと見たいから、部活を辞めた」
これが高校時代の僕の“こだわり”だった。そして結果的に、いまだに毎日毎日バスケットボールに関わらせてもらっている。自分が大好きなことを、どうしたら大好きでい続けることができるか、答えは1つじゃない。

※高校の部活には何の恨みもなく、短い間でしたが、あそこで鍛えられたことがとても貴重なことだったと、ずいぶん後で気付きました。こんな僕から何かを学ぼうとたまに呼んでくれたりする、高校のコーチには本当に感謝しています。



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