4年ぶりのアメリカへ

久しぶりのアメリカに行ってきた。

オフの時間を使ってなんとか行きたいと思い12月から少しづつ計画。もちろん目的はNBAを見ること。

NCAA、Euroleague、ウィンターカップからインカレまで、いろんなリーグのバスケを見るのが好きだけど、やはり僕の原点はNBAなのだ。初めてNBAを見てからなんと30年が経過している。あの時点で30年後に2人の日本人選手がバリバリのNBA選手として活躍する姿を想像できていた人はほぼいないだろう。

幸運にも今ではバスケを仕事にさせてもらっている僕も、たまにはシンプルにバスケをただ楽しみたい時もある。

そんな時間を求めて4年ぶりのアメリカに向かったのだった。

今回は当然LAと、メンフィスに向かったわけだけど、当初の目的地はアリゾナだった。(目的地変更になった理由は、バスケ狂のみなさんなら分かるだろう。)

変更不可の格安チケットを抑えてしまったこともあって、それを捨てて新たな飛行機を予約すること痛い出費にはなったけど、ある意味で「これぞNBA」という気分を自分も味わった気がした。準備はとても大変だったけど、変更が決まって新たに探すホテルや、飛行機のルートを調べる時間もワクワクだったわけだ。(VISA取得から、現地情報など、いろいろな協力をいただき、改めていろいろな方に感謝したい)

初めてアメリカへNBA観戦に行ってから、すでに22年が経っている。あの時とは世界も全く違う。今では旅にスマホとモバイルバッテリーは欠かせないが、当時は“地球の歩き方”を抱えて歩いていたものだ。物価も全く違う。全ての物が当時の倍の値段だ。

LAにも友人がいる

でも、1番違うのはLAに到着して、会える友人がいることだ。今回は現地に住んでいる友人にも会うことができたし、なぜか同じタイミングでアメリカに来ていた日本の友人にも会ったり、旅が1人の物ではなくなった。

特に忙しいのにまるまる2日間も付き合ってくれた仲摩純平には感謝したい。東京アパッチでのわずか1年の付き合いだったけど、今でもこうして異国の地で再会できる。当たり前のようだけど、これは決して当たり前のことではないと思うのだ。

再会

近年では危険度が増しているLA。怖いもの知らずで、どこにでも行けた20歳の頃に比べると、今はそれなりにビビリになっている自分がいる。ホテルのことなども純平にかなりアドバイスをしてもらった。

見たかったマンバ像

10年ぶり。

LAに来るのはなんと10年ぶり。最後に来たのはドリューリーグを見に来た時だ。あの時、そこから千葉ジェッツに来てもらったディアンドレ・ベルは元気にしているだろうかと思い出したり。

そして、何気にNBAでプレイするレブロンを生で見たのは人生初めてだと気がついた。

この時代に生まれたことに感謝したい。

続く。

コーチトミー
この記事を書いた人
冨山晋司

1981年生まれ。立教高校、立教大学卒業。東京新宿区の公立中学校で外部コーチ後、
【2009-10】東京アパッチ(bjリーグ)アシスタントコーチ
【2010-11】bjリーグアカデミーサポートコーチ
【2011-12】  岩手ビッグブルズ(bjリーグ)アシスタントコーチ(シーズン途中よりヘッドコーチ代行)
【2012-13】千葉ジェッツ(bjリーグ)ヘッドコーチ
【2013-14】熊本ヴォルターズ(NBL)アシスタントコーチ
【2014-2018】アルバルク東京アシスタントコーチ
【2018-19】大阪エヴェッサアソシエイトコーチ
【2019-2021】大阪エヴェッサアシスタントGM兼アナライジングディレクター
【2021- 現在】日本バスケットボール協会(JBA) 技術委員会 テクニカルハウス
男子日本代表テクニカルスタッフ (2023年アジア競技大会 男子日本代表アシスタントコーチ)

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