ベネチアに昨晩到着し、疲れ果てて眠りについた僕は、かなり早朝に目が覚めた。ゆで卵とトーストという一つ星ホテルらしい簡素な朝食をとって、朝8時には散歩にでかけた。夜中にキラキラと水が反射するベネチアも美しかったが、太陽の光を浴びるベネチアは格別だった。水路の合間を縫って街を歩き、時には水路を行く小さな船に乗ったりして、ベネチアの街を探索した。

トレヴィーゾへ向かう
その夜見ようとしていたラウーフのいるアリスvsベネトン・トレヴィーゾの試合は夜の8時ティップオフだったから、ちょうどお昼頃に中央サンタルチア駅からトレヴィーゾ行きの電車に飛び乗った。わずか30分程度の道のりだったけど、知らない街の景色を眺めながら、今夜行われるユーロリーグの試合を心待ちにした。
僕は移動中に知らない街の景色をぼんやり眺めるのが好きだ。地球の反対側の小さな日本の中の一つの街で生まれた自分が、たかがバスケットボールを追いかけて、ヨーロッパの片田舎に電車で向かっているのだ。そんな自分の馬鹿さ加減にワクワクが止まらない。
トレヴィーゾの街に到着した。まず、今夜泊まる宿を探さなければならない。はっきり言って観光するつもりは1ミリもないから、特に場所を選ぶ必要もない。運良く駅前のホテルで空室を見つけそのまま転がり込んだ。
ホテルで試合会場までの行き方を教えてもらい、バス停へ向かう。自分も英語がほとんど喋れないけど、イタリア人も英語が話せない人が多い。チケットオフィスでバスのチケットを買うのも一苦労ではあるけど、まぁ目的地さえ伝えられればだいたいのことはなんとかなる。
約20-25分ほどバスに揺られただろうか。ようやく試合会場へたどり着いた。アリーナの周辺にはほぼ何もない。会場まで時間がかなりあったから、会場の前に出ていたキッチンカーでピザを一切れ買って、時間を潰した。

試合チケットの目処はついていた。日本からKさんがチームに問い合わせてくれていたのだ。会場でプレスオフィサーのエンリコという人に電話をしてくれと言われていたので、入口近くで電話をすると、エンリコは数分後に入口から登場し、なんとチケットではなくプレスパスをくれた。そしてゴール裏のプレス席へ案内してくれたのだった。「なんというおもてなし!」と感動し、ますますKさんに感謝の気持でいっぱいになった。
もうすぐラウーフがウォームアップで登場するころだろう。2000年にバンクーバーで見て以来、同じ空間でラウーフを見るのは2回目ということになる。しかも今度はコートの本当に間近でプレイが見れる!なんて自分はツイている人間なのか。
試合の楽しみ方
実はベネトンというチームもとても面白いチームなのだ。これを知らずに試合を見るなど勿体無い、そんな情報がたくさん掘り出される。
ほぼ全ての人に忘れられているが、2004年のアテネ五輪でアルゼンチンが金メダルを獲得したことは、多くの人が記憶している。しかし、銀メダルを取ったイタリアのことを覚えている人は少ないだろう。その時の主力のSG、マルコ・モルデンテがベネトンには在籍していた。さらに、ギリシャ代表のバックアップPGのニコス・ジシスもチームにいた。ジシスは現在ギリシャ代表のGMを務め、パリ五輪の選手村でも何度か見かけ、僕は内心ちょっと興奮していた。
そしてベネトンのHCは、その後世界的トップコーチの1人になる、デイビッド・ブラットさんだった。しかしながら、彼が歩むその後の華麗な、そして壮絶なコーチ人生など、この時の僕は知る由もない。
“チームのことを下調べすること”。これこそが僕のライフワークだと何度でも言いたい。
ラウーフはシューティングには出てこなかったが、30分前からのチームでのウォームアップには登場し、元気にシューティングしていた。僕は一挙手一投足を見逃さないように必死だった。相変わらず芸術的なシュートを打ち続けていた。
アリスはホームのベネトンに敗れはしたものの、ラウーフはわずか9分の出場で2本の3pを決め、あの美しく、クイックすぎるシュートは健在だった。
一方、僕は初めて見るユーロリーグのバスケの激しさ、応援の雰囲気にも浸っていた。試合が終わっても、インタビューを受ける選手や、会場の雰囲気を最後まで味わっていた。
まだまだ旅は始まったばかりだけど、1日1日が終わっていくのが惜しい。
忘れることのない小さな出会い
最後まで余韻に浸っていた僕は、ファンとして会場を出たほとんど最後の1人だった。会場に出ると外は真っ暗だった。そう。ここは片田舎の駅からバスで20分以上かかるど田舎なのだ。試合開始が20時だったから、もう22時半を回っていた。バスなどとっくにあるはずもなく、車が通る気配もない。街灯の1つもない。頼りになるのは月明かりと、ケータイの光りだけだった。僕は途方に暮れ、ヒッチハイクをするつもりで通りかかる車を待つしかなかった。
15-20分くらい待っただろうか。会場から1台の車が出てきた。手を振るとすぐに止まってくれた。バスケを見にきた東洋の若者は物珍しかっただろうと思う。とりあえず「駅に行きたい」だけを伝えると、彼は快く駅まで送ってくれた。
おそらく彼はチームの職員か何かだとは思うけど、僕の英語力では彼が何者かは分からなかった。車内では、僕の知ってるありったけの英語で、イタリア代表のバスケに感動したことを話した。何を言ったかは定かじゃないけど、リスペクトしてるってことだけは伝わったんじゃないかな。

車から降りる時に、こんな時のために持ち歩いているお土産、日本っぽさが伝わる手のひらサイズの団扇を渡した。
知らない街で、もう一生出会わないであろう人に優しくしてもらったことは、一生忘れないものだ。あれから18年経った今でも鮮明に覚えているのだから。チャンスがあれば、自分も誰かのための“そんな1人“になれたらなと思う。
ホテルに到着した頃には当然疲れ果てていた。明日は朝からローマへ向かう。移動してそのまま、別のユーロリーグの試合が待っている。あの伝説の選手のプレイを目に焼き付けたい。


