僕が人生で最も愛し、リスペクトしている選手との出会いは、思ったより早かった。
小学校6年生の正月にNBAファイナルをテレビで見た僕はNBAに魅了され、あっという間にBSで録画したNBAを見る毎日になっていた。中流家庭の小学生だった僕は、もちろんスーパーファミコンにもハマった世代でもある。ドラクエにもそれなりにのめり込んではいたけど、テクモが発売したNBAゲームに興味を持つのは自然なことだった。
ゲームで覚えたNBA
ジョーダンを含めた全てのNBA選手が実名で出てくる、今となっては超絶レア(今では権利に関係で一部の選手がいないことは良くある)なそのゲームで、僕がなんとなく好きになったのは小さなPGのジョン・ストックトンだった。ストックトンのユタ・ジャズを選択し、兄がコントロールするニックスとよく戦ったものだ。
現実の方のストックトンのプレイするユタ・ジャズの試合放送があったのは2月の半ばだったと思う。対戦相手はデンバー・ナゲッツ。小学生にとって、そもそもナゲッツという言葉の響きがとてもダサい。ナゲッツと聞いて連想されるものは、マクドナルドしかないのだ。ただ、試合を見るのはストックトンが目的だし、そんなことはどうでも良かったのだけど。
試合が始まると、解説の島本さんから「ラウーフが、、、」という言葉がたびたび聞こえてくる。
それが、僕が生涯をかけて追いかけることとなるMahmoud Abdul-Raufだった。(発音が難しいが、おそらく1番近いのはマクムード・アブドゥル=ラウーフ。以下、ラウーフ)

天才シューター
身長はオフィシャルには185cmとのことだったが、小さなストックトンよりもさらに細く小さく見えた。常に早く動き続ける運動量の多い選手ではないが、一瞬のスピード、シャープさを持っていた。そして何よりも、他の選手とは違った不思議なオーラがあった。
アシストの記録を作ったストックトンは、パスをチームメイトに供給するいわゆるクラシックなPGだけど、ラウーフは全く違う。
ボールを運んで来ていきなりシュートを打つこともある、当時としては珍しい得点力を武器にする選手だった。
ラウーフのシュートは本当に美しかった。放つジャンプシュートがただ決まるだけでなく、リングにすら当たらず美しく決まるのだ。
当時は今ほど3pの時代ではなく、3ptよりも多くミッドレンジシュートを打っていたが、ラウーフにとってシュートのエリアは問題にはならない。美しいフォーム、信じられないほど速いリリーススピード、どんな角度でも、どんな距離であっても、ボールが放物線を描きリングにかすりもせずにネットを揺らす。
島本さんは、「これこそがスウィッシュ(Swish)」だと解説した。
ラウーフはトゥーレット症候群という病気を患っている。素人の僕が軽々しく説明できるほど簡単な病気ではないが、症状の1つにピクピクと身体が痙攣してしまう、いわゆるチック症(?)のようなものを持っていた。試合中、多くの場面で首をクイックイッと動かしていた。当時はその理由など知る由はないけど、そんなチック症の動きすらカッコよく見えたものだった。
最近執筆されたラウーフ本人の自伝“In the blink of an eye”では病気のことも語られている。
ある意味病気に
あの試合を何度ビデオで見たかもう分からない。島本さんの解説を記憶してしまうほど、当時は繰り返し同じ試合を見ることが普通だった。あのレベルのシュートを真似ることは簡単なことではないけど、教会のコートへ行ってはラウーフのシュートや、クロスオーバードリブルを練習した。
僕の中学校の部活のコーチは、当時としては珍しくNBAを良く見ている人で、これは僕にとってはラッキーなことだった。
しかし、コーチはうっかり中学1年生の僕に、「1番好きなNBA選手は誰なんだ?」と質問してしまい、「マクムード・アブドゥル=ラウーフ」という早口言葉のような呪文を聞き、かなり困惑したと回顧している。
ナゲッツの試合の放送は、全て録画して今でも実家に保存してある。ビデオデッキを2台購入して、ラウーフのプレイだけを編集して作ったこともある。それくらい僕はクレイジーだった。(この時に僕の将来は決まっていたのかもしれない)
僕もある意味、完治不能の病気になっていた。
ラウーフという芸術
僕はもちろんラウーフだけを追いかけたわけではない。NBAのほぼ全てのチームを見ていたし、ジョーダンも、オラジュワンも、アイバーソンも大好き。その点は、いわゆる普通の、どこにでもいるNBA馬鹿である。
そんなNBAのレジェンドたちに比べると、ラウーフを知っているNBAファンは決して多くはない。大学時代は全米屈指の選手でドラフト3位で指名されるも、優勝はおろか、NBAプレイオフに出たことも数回、オールスターにも1度も出ておらず、輝いた期間は、その才能の割にはとても短い。(違う意味で有名だったりするのだが、それはまた別の機会に)
でも、なぜか僕にとって、ラウーフだけは常に特別な存在だった。
「他にももっと偉大な選手はたくさんいるのに、、、」と、ラウーフが好きであることを不思議がられたこともたくさんある。
そんな問いに僕はこう答える。ラウーフは”スポーツを超えた芸術“である、と。例えば、絵でも、陶芸でも、音楽でも、いわゆる芸術を好きになる時、作品に勝敗なんて存在しない。好きであることに理由など必要ないのだ。
ラウーフは40歳になってからも現役を続け、bjリーグ京都ハンナリーズで2年プレイしそのキャリアを終えている。僕は何度となく試合に足を運んだ。試合でのプレイだけでなく、ウォームアップのシューティングを見るのも好きだった。京都に向かう夜行バスの中でいつもワクワクしていたことを思い出す。
もしもバスケットを愛するみなさんが、あの2年間に一度もラウーフのプレイを見ていないのだとしたら、「それは人生の損失である」と断言できる。
ある試合の解説で島本さんは言った。
「ラウーフのシュートは本当にリングにいっさい当たらない。練習のシューティングを見ているだけでもお金を払う価値があるって思える。それこそがプロですよね」


