「どうしたらBリーグのコーチになれますか?」
最近、こんな質問をもらうことがかなり増えてきた。
「僕がどんなキャリアを辿って来たか、ちゃんと分かって質問してますか?(笑)」と心の中で苦笑しているのだけど、こんな質問にも誠実に答えなければいけないのが、今の自分の立場なのだろうか。
怖い物知らずとは恐ろしい
僕が初めてbjリーグでアシスタントコーチとしてチャンスをもらった時、僕はbjリーグの試合を1度しか見たことがなかった。(よく応募したなと自分でも思う)
しかも、その時点でのコーチ経験は、特に強いとも言えない公立中学校のボランティアコーチのみ。もちろん英語は話せない。この時28歳だった。
僕が持っていたのは、経験でも知識でもなく、バスケットが好きだという想いと、もっともっと知らないことを知りたいという好奇心のみ。よく考えたらすごい話で、僕は試合映像を見るためのMacbookすら持っていなかったのだ。
コーチに就任して程なくMacbookを(お得意の)リボ払いで購入し、iMovieを駆使して初めてスカウティング(相手チームの分析)というものを始めた。
アシスタントコーチはさせてもらったものの、最初の2ヶ月ほどは試用期間で交通費の支給のみ。その後、ようやく月に5万円の給料を出してもらえることになった。
チームへの合流が遅く、実際7ヶ月程度の活動だったが、お金をもらいながらバスケットに携われることがどんなにありがたいことか、それを噛み締めながら毎日を過ごした。もちろん、東京に実家があって住むところに困らなかったという強みがあったのは幸運でしかない。
自分が得ているものが何か?
しかし今思うと、もっと大きな幸運は、自分が得ているものは月5万円ではなく、「24時間バスケットのことを考えていても許される権利」だと、何の迷いもなく確信できたことだと思うのだ。
実際、20代半ばの数年間は、中学校のボランティア外部コーチをするために、週に4、5回の夜勤のアルバイトをしていた。毎日午後15時から19時くらいまで部活の指導に行って、その後22時くらいまでは自分の時間、そして23時から朝8時まで働いて、家に帰って14時ころまで寝る。そんな生活を数年間続けた。それを思うとアシスタントコーチとして、毎日の練習後、試合後に睡眠を犠牲にして、朝までビデオを見て編集作業をすることは全く苦ではなかった。いや、むしろそんな環境に身を置けている自分にワクワクが止まらなかった。
そこからわずか15年ほどで6回チームを変わっているけど、毎回違ったワクワクを感じながら働けている。これも、もしかしたら自分の強みの1つかもしれない。
最近の若いコーチたちは凄すぎる
「どうやったらBリーグのコーチになれますか?」と聞いてくる20歳ちょっとの若者たちの持っているスキルは半端じゃない。映像分析ソフトのスポーツコードを簡単に使いこなし、大学リーグでの学生コーチ経験があったり、留学経験があって英語が話せたり。28歳の時に何も持っていなかった自分からすると、みんな雲の上の存在だ。
もちろん今のBリーグの環境は、当時のbjリーグとは全く違うし、僕と同じやり方では到底Bリーグのコーチになることは難しいだろう。例えるならば、当時のbjリーグに飛び込むのは、ナイフ一本でジャングルに入っていくようなもの。一方で、今やBリーグは世界でも屈指のプロバスケリーグになり、スタッフの仕事環境や待遇も整備され、ナイフ一本で行く獣道から、大都市の幹線道路くらい交通整理がされていると言えるのだろう。
これは、別に今飛び込む人が恵まれているという話ではなくて、むしろその逆。当時はわざわざジャングルに飛び込もうなんていうライバルがほとんどいなかったのだ。だから、僕がもし生まれるのが15年遅かったら、きっとこの業界の入口にすら辿り着けなかっただろう。
地図なんて存在しない
さて話は戻るが、正直この質問への気の利いたアドバイスなど今の自分にはできそうにない。
ただ、1つ言えるヒントがあるとしたら、僕は公立中学校でボランティアコーチをしている時も心の底から楽しんでいたし、暇さえあればビデオでNBAやNCAAを見て、時には海外に足を運んだりして、新しい出会いや発見に胸を躍らせながら生きていた、ということ。結果的に今いる場所に辿りつけていなかったとしても、きっと今もどこかで楽しくバスケットに関わって生きていたに違いない。
人生はゴールじゃなくて、プロセスこそが楽しいし、美しい。
慌てずに、今この瞬間、自分の目の前にあるものにもっと集中してみても良いんじゃない?
なんて、生き急ぐ若者を見て思うのだ。



